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北上市文化交流センター さくらホール

北上市文化交流センター さくらホール
https://www.sakurahall.jp

採用ピアノ  ファツィオリF278
住所  岩手県北上市さくら通り二丁目1番1号
施設  大ホール(最大定員1,503席)、中ホール(471席)、小ホール(264席)
 アートファクトリー21室(ミュージックルーム、多目的室など)
設置者  北上市
指定管理運営  一般財団法人北上市文化創造

岩手県内陸中部に位置し、北上川と和賀川の合流地点にある自然豊かな街、北上市。民俗芸能が盛んな地域でもあり、世代を越えて文化芸術への情熱は様々な形で受け継がれ、花開いている。2003年に開館した北上市文化交流センターでは、市民の文化芸術活動に設備と運営の両面で最大限の支援を提供し、ファツィオリを希少な地域資源という位置付けで意識的に活用している。オープン間もない頃から企画運営を担当している千葉氏に、地域に愛されるさくらホールとホールの個性にもなっているファツィオリについて伺った。

一般財団法人北上市文化創造 企画事業課
千葉 真弓(ちば まゆみ)氏

文化芸術活動が根付いている北上の地域性

東京育ちという千葉氏に北上地域の特徴について尋ねた時に、真っ先に上がってき言葉が「民俗芸能」だった。

「北上は民俗芸能がとても盛んな土地です。東北の厳しい自然や不条理な事柄への思いを祈りに変え、皆で芸能を行うことで支え合うという考え方があります」

北上市内では100を超える団体が「鬼剣舞」や「鹿踊」などの伝承活動を行なっており、吹奏楽や合唱コンクールで全国トップの学校を輩出するなど、地域全体で芸能・文化芸術への熱が高く、それをサポートする意識が地域社会に浸透している。そのため、前身の北上市民会館の閉館にあたり新たに「北上市文化交流センターさくらホール」の建設が決定された時には、市民によるワーキンググループが基本設計の段階から参画した。

「当時の市民によるワーキングループの意見により、休日・夜間も利用できる施設、カラオケボックスのように当日来て空いている部屋を1時間単位で安価で借りられる練習室があったらいい、などの意見が実際に取り入れられ、現在も民意の発想で柔軟な運営を行なっています。大中小のホールの他にアートファクトリーと呼んでいる部屋が21 室もあり、市民の創作活動を支援できる施設が充実しています。他にも、ラジオ番組を放送しているサテライトスタジオや楽器を預かる楽器庫があります。共用ゾーンのさくらパークは、用がなくても市民が立ち寄って憩える場所になっており、保育園児が散歩したり、学生が勉強したりと気軽にご利用いただいています」

市民の文化芸術活動拠点「さくらホール」

さくらホールは、定休日がなく夜は10時まで1年を通じて利用可能となっている。ホールの音響や貸出用の楽器も一般的なものからマニアックな物まで、グランドピアノだけでも4台揃えるなど、市民の創作活動への支援には理想的な体制である。

さくらホールのユニークさは、施設・設備の充実だけではなく自主事業にも見られる。自主事業は、クラシック音楽や伝統芸能など、普及啓発を必要とする公演を中心に企画されている。また、市民の芸術に触れる機会を広げ、公演への来場者増につなげるために、関係するレクチャーやイベントを開催するなど、公演ごとに工夫を重ねて市民に提供されている。

「松竹大歌舞伎を招聘した時には、地元の歌舞伎団による桜並木の花魁道中で公演の告知を行い、そこに同ホールの男性職員にも参加してもらいました。鬘をかぶったり化粧を施す様子を撮影し、歌舞伎の面白さや男性が女性に扮装するコツなどを紹介することで、市民の皆さんに歌舞伎公演とさらには地歌舞伎にも興味を持っていただければと思って行いました」と、楽しそうに話す千葉氏。顔馴染みの職員が、歌舞伎姿になる様子を動画で見て楽しみながら、大歌舞伎の公演日を待ち侘びる人々の姿が浮かんでくる。

「自主事業で著名なピアニストのコンサートも行っています。公演の1ヶ月前くらいにファツィオリジャパンの調律師に来てもらい、市民に向けてファツィオリについてのレクチャーと他のピアノとの弾き比べのイベントを開催しました。公演を単独で行うよりも沢山の方に楽しんでいただけますし、来場者も増えます。さらに北上にファツィオリがあることを多くの方に知っていただけます」

ウラディーミル・アシュケナージと息子のヴォフカのデュオコンサートを開催

大学卒業まで東京で過ごした千葉氏は、音楽大学でアートマネジメントを学び、その実践の場として、専門化が進んで先進的な取り組みを競う都会よりも地方の公共ホールに魅力を感じたという。音楽も歌舞伎もお笑いライブもジャンルを問わずに携わり、市民の日常生活を豊かにする活動に惹かれるという。千葉氏の話の中で「市民にとって何がいいのか」という言葉が幾度となく登場した。穏やかな語り口に隠された千葉氏の静かな情熱が感じられ、20年近く前に東京から北上に移ってきた時の志は今も変わっていないことが伝わってくる。

ファツィオリは希少な地域資源

2003年のさくらホールのオープンにあたり就任した千葉氏だが、グランドピアノの選定はすでに前年に行われていたという。当時の資料や当事者の話からその経緯を教えてくれた。「さくらホールには大中小とホールが3つあるので、同時にピアノのコンサートを開催できるように、3台以上のピアノを持つことになりました。旧会館から所有していたヤマハ2台に加えて、外国製フルコンを2台増やすことが決まり、ピアノ選定ワークショップを経てピアノ選定および使用管理検討会が設置されました。選考委員が滋賀県栗東芸術文化会館さきらへの視察でファツィオリを含めて外国製3メーカーの試弾を行い、誰もが知っている1台としてスタインウェイと、もう1台にはファツィオリが選定されました」

千葉氏は、市民有識者による選考委員会が、当時ファツィオリを選んだことに今更ながら驚いていると続けた。

「先日のショパンコンクール(2021年開催)で優勝者が選んだピアノということで、ファツィオリへの注目が高まりましたが、2002年の時点で地方の公共ホールにファツィオリを選定した当時の選定委員の方々の先見の明には本当に驚いています。私は地方のホールに同じメーカーの外国製ピアノが2台、3台と置かれることには疑問を感じています。当時の選定委員の方々は、2台の外国製ピアノのそれぞれの役割を考えた上で、その1台にファツィオリを選んでくれました。この考え方はとても大切だと思います。ファツィオリが設置されたことで、さくらホールには音楽的にも地域の活性化にも良い効果が表れています」

民俗芸能という長年培われてきた下地があり、文化芸術に対する情熱とそれに取り組む人への理解が根付いている北上市では、当時まだ知名度の低かったファツィオリの選定も「弾いてみて良いピアノ」というシンプルな理由でスムースに行政に受け入れられたという。

さくらホール所有のF278は、ピアニスト、アルド・チッコリーニが選定し、「ミケランジェロ」と命名したサイン入りのピアノだ。

「実は、ファツィオリの選定がされた時点では、受注生産のためホールのオープンまでに製造が間に合わないということでした。幸運なことに、2003年10月に来日コンサートのためにチッコリーニがイタリアで選定して日本に運んできたピアノならば間に合うということで、コンサート後にさくらホールの所有となりました。チッコリーニが選んでミケランジェロと名付けたピアノという点も特別なピアノで、私たちの誇りです」


「自主事業では積極的にファツィオリを活用しており、『オープンピアノDAY』は、年に4、5回開催しています。1時間3,500円でファツィオリともう1台は別メーカーのピアノを舞台に2台並べて自由に弾いていただけるイベントです。回を重ねるごとに人気が出てきて最近ではすぐに予約が埋まってしまいます。一般の方も演奏家もファツィオリを弾きたいという方が増えていて、東京からもいらっしゃいます。希少なピアノは北上市の地域資源です。当時の選考委員の皆さんの先見の明によって今助けられています」と、実感を込めて話す千葉氏。

さくらホールは開館から18年を迎え、新たに設備をリニューアルする時期を迎えている。その際も「誰のために、何のために」という視点を大事に設備や機器の選定を行なっているという。最後に、これからオープンするホールや新たな設備を検討しているホールへのアドバイスを求めた。
「音楽や芸術の世界は特殊なものと思い込んで、専門家の意見を鵜呑みにしてしまうことが多いかもしれませんが、それが本当に市民のためになるのか、喜んでくださるのかと改めて問うことが大事だと思います。また、当時さくらホールにファツィオリを選んでくださった方達のように、少し先を見て選ぶことが大切だと思います」

「東北全般にそうですが、北上の人は粘り強くて口下手なところがあります。特に男性はお酒を飲まないと何も喋り出さないのですよ」と、多くは語らない北上人の気質を笑いながら話してくれた千葉氏だが、すでに氏は北上人になっていると言っても過言ではないのだろう。饒舌には語らずとも、長い年月を経てもブレることなく実績を重ねるさくらホールと千葉氏の姿を通じて、北上の人々の熱い想いを感じることとなった。これからも、北上の文化芸術活動を支えるさくらホールに期待していきたい。

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